今は暗渠となってしまった烏山川。この烏山川沿いに、下流から池尻、三宿、太子堂があります。その辺りの魅力資源をノンジャンルで発掘していきます。地元民には「オシャレな三宿」とかって、納得できませんしね。でしょ?
Posted by ムルギー - 2008.04.14,Mon
次の借家は三宿125番地(2番)。同じ年の12月に引っ越しています。よほどひどかったようですね、善蔵のふるまいが。ここも、信州屋酒店まで、歩いて1分もかからない場所です。この路地をまっすぐいくと、烏山川にぶつかります。この頃はまだ護岸工事前ですから、ごく普通の川ですね。
翌大正15年の7月には、三宿111番地(3番)に引っ越しています。ほぼ、半年に一度の割合で引っ越していますね。死を迎えたのは、この最後の家です。告別式は下谷区谷中天王寺で執り行われました。戒名は「芸術院善巧酒仙居士」。もちろん自分で考えたのだと思います。各場所の現在の姿は、おって追加します。ちなみに以前ご紹介した善蔵居住地の写真は、三宿111番地の少し手前でした。世田谷学園の脇の路地を入った最初の曲がり角のあたりです。
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プロフィール
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ムルギー
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69
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非公開
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1955/11/12
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下等遊民
趣味:
めまいのする散歩
自己紹介:
中国四川省の深山で生を受け、三歳にして四書五経、平凡パンチなどを読破。その後世界を放浪する資金に恵まれず、四川省とは似ても似つかぬ烏山川流域を放浪。水宿を終の棲家と決め、今日に至る。
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