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今は暗渠となってしまった烏山川。この烏山川沿いに、下流から池尻、三宿、太子堂があります。その辺りの魅力資源をノンジャンルで発掘していきます。地元民には「オシャレな三宿」とかって、納得できませんしね。でしょ?
Posted by - 2025.05.09,Fri
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Posted by ムルギー - 2008.04.21,Mon
1c57fe9cjpeg信じられないと思いますが、私が小学生の頃まで烏山川で友禅流しが行われていました。下の谷橋を少し南側にいった場所に烏山川の支流があり、そこにも小さな橋がかかっていました。その橋の上から川を下流に向かって覗き込んだところです。ここには橋の面影がないので川の痕跡がありませんが、私の記憶に間違いがなければ、もう一本川があったはずです。その場所から烏山川に向かってなだらかな道が続いていますが、そこがかつての川の流路です。烏山川は水量が少なかったため玉川上水をひきこんでいたそうなので、おそらくその流れではないかと推測します。で、誰が湯禅流しをしていたのか?実は、昭和60年代くらいまで、下の谷通りに入る手前の細い路地(現在接骨院がある場所)に、小さな呉服屋さんがありました。友禅流しをするために烏山川沿いに店を出したのだと思います。これも推測ですが、その呉服屋さんだと思います(ほかに考えられませんから)。本流ではなく、玉川上水からの支流で流していたのは、支流のほうが水がきれいだったからでしょう。でも、子供心にこんな川で大丈夫なのだろうかなーといつも思っていましたけどね。子供とか川にむかっておしっこしたりしてたし…。私もですけど。

追記
この項を書いたあとに昭和30年の地図を調べたのですが、烏山川は、下の谷橋の手前で南へ大きく蛇行しています。ですから、この絵にあるのが元々の烏山川ということになります。確かに橋を続けて二つ渡った記憶はないんですよね。工事によって流路をまっすぐにしたのか、緑道だけをまっすぐに作ったのかは分りません。
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プロフィール
HN:
ムルギー
年齢:
69
性別:
非公開
誕生日:
1955/11/12
職業:
下等遊民
趣味:
めまいのする散歩
自己紹介:
中国四川省の深山で生を受け、三歳にして四書五経、平凡パンチなどを読破。その後世界を放浪する資金に恵まれず、四川省とは似ても似つかぬ烏山川流域を放浪。水宿を終の棲家と決め、今日に至る。
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